書籍が刊行されました

本研究会の議論をもとにした書籍が青弓社より刊行されました。

『社会的分断を越境する―他者と出会いなおす想像力』(塩原良和・稲津秀樹編/2017年/青弓社)

〈目次〉

世界を再想像する テッサ・モーリス=スズキ
解題 他者と出会いなおし、世界を想像しなおす 塩原良和

序章 越境的想像力に向けて 塩原良和

第1章 越境者・媒介者・コスモポリタンをめぐるリアル・ユートピア――長野・宮城・バンクーバーにおける移住者たちのトランスナショナリズム 西原和久

第2章 民間外交と移民――戦間期の日米経済人交流を事例として 辛島理人

第3章 移民史と海事史を越境する――二十世紀初頭のアメリカ諸港における日本海員の「脱船」を事例として 栢木清吾

第4章 「避難民」としての越境――神戸の白系ロシア人の事例から 中西雄二

第5章 コロニアル・クリミナリティの系譜学――韓国・朝鮮人への蔑称から探る「継続する植民地主義」 ジョエル・マシューズ[鈴木弥香子訳]

第6章 反知性主義、未決性、互酬性から希望へ――ヘイトスピーチでの「分断」から考える 川端浩平

第7章 反税運動と移民排斥運動にみる福祉ショービニズム――デンマークにおける「租税同意」の歴史的経緯から考える 倉地真太郎

第8章 風刺と宗教――ポスト世俗化時代のデモクラシー 清水知子

第9章 多文化共生概念が「禁止」するもの――ブラジル人集住地区のリアリティ 山本直子

第10章 「根のあるコスモポリタニズム」へ――グローバル化時代の新たな試練と希望 鈴木弥香子

第11章 阪神・淡路大震災を「想像し続ける」歴史実践のために――「一九九五年生まれ」の空間性と帰属感覚 稲津秀樹

あとがき――もうひとつのまえがき 稲津秀樹

詳細はこちらをご覧ください。

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第8回研究会ー開催概要

*本研究会は、慶應義塾大学大学院法学研究科設置科目「政治・社会論特殊研究」および社会学研究科設置科目「社会学特論/社会学特殊研究/社会学合同演習」の公開講座として実施します。授業の一環として行うため、履修登録をしていない方の聴講は事前にお申込みをいただく必要があります。また、諸事情で聴講をお認めできない場合があることをあらかじめご了承ください。聴講を希望される方は、必ず事前にtransborder.studies[at*]gmail.com (事務局宛)までご連絡下さい。*[at]は@に変換してください。

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2014年度 「越境社会」研究会―第8回開催概要

日時:2014年1月10日(土)16:30~18:00
場所:慶應義塾大学三田キャンパス南校舎4階 441教室
※以下のキャンパスマップ6番の建物です。
http://www.keio.ac.jp/ja/access/mita.html

報告 辛島理人さん(関西学院大学先端社会研究所専任研究員)
「『社会』と『越境』の国際関係史」

要旨

両大戦間期に「社会」を発見した日本の知識人たちは、戦時戦後にどのような国際秩序と学知を構想したのか。帝国の再編と知識の流通(越境)に注目しながら20世紀の日本・アジア関係を議論したい。戦間期に世界(特に列強)に突きつけられた二つの課題、資本主義の行き詰まり(大恐慌)と植民地ナショナリズム(民族自決原理)、これらに「社会政策」で対応しようとした人々は、戦時期に各国で経済自由主義の是正と帝国秩序の再編成を模索した。本報告では、こういった世界の潮流をふまえて統制経済や植民政策について議論した日本の社会科学者が、戦後の国際的な政治経済秩序をめぐる政策やアジアに関する学知の制度化を主導したことを明らかにしたい。

本研究会の報告はこちら

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第7回研究会―開催概要

2014年度 「越境社会」研究会―第7回開催概要

日時:2014年12月21日(日)14:45~18:00
場所:慶應義塾大学日吉キャンパス第4校舎A棟 J411教室

※下記キャンパスマップの2番の建物の1階です。
http://www.keio.ac.jp/ja/access/hiyoshi.html

報告① 川端浩平さん(福島大学准教授)「越境という方法――「越境社会」分断モデルから批判的節合モデルへ」

要旨
本報告では、拙著『ジモトを歩く』(2013)、共著『出来事から学ぶカルチュラル・スタディーズ』(2015年3月予定)における論考をもとに、「越境」あるいは「越境社会」の概念を再検討する。報告者の問題意識としては、「越境」がいわゆるエリートによる越境とマイノリティや難民における越境とに分断されている(=対立している)という認識メカニズム、あるいは「滞留」していると表象される「サイレント・マジョリティ」と分断されている(=対立している)という認識メカニズムをいかに解きほぐすことができるのかにある。これらを最近流行りの「マイルドヤンキー」という表象を批判的に検討しつつ、人びとが抱えている身近な世界における他者性への渇望に光を当て、ヤンキー性=マイノリティ性の共有可能性/不可能性について考えてみたい。

報告② ジョエル・マシューズさん(ニューヨーク大学大学院)”The Ex-colonial Entanglement: Black Markets in 1940s Japan and Southern Korea”

要旨
Amid the desperation, despair and destruction that was late 1945 Japan, the black-market or yami-ichi emerged as both savior and source of peril. It at once provided for and stole from those in most need. It was a site of seemingly endless opportunity, while at the same vanquishing so many. Black-markets embodied the dialectic interplay between kyodatsu (exhaustion/despair) and shinsei (new life) that defeat came to represent. It was a crucible of not only the remnants of a shattered empire, but was also a microcosm of the coming American century in Asia. With Japan’s colonial appendages severed from the metropole, repatriation was to ‘repair’ the nascent nationalist-guided countries of East Asia. Yet geopolitical exigencies disallowed or rendered impassable the journey home for many of Japan’s ex-colonial subjects. The repatriation programs also brought back over five million demobilized imperial soldiers and Japanese colonial migrants. Thrown into the mix were approximately 350,000 US troops and 40,000 British Commonwealth Occupation Forces (BCOF) in western Japan. Although specifically instructed to avoid the ubiquitous black-markets, war weary Allied soldiers soon found themselves in a position of power amongst the hungry and opportunistic Japanese. Like a flesh wound gained on the battlefield, so too the black-market became the site that exposed the living tissue of 1940s Japan. Raw and exposed, it provides a unique glimpse into the social and political potentiality that defeat brought forth.

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第6回研究会ー開催概要

2014年度 「越境社会」研究会―第6回開催概要

日時:2014年11月30日(日)16:30-18:00
場所:慶應義塾大学三田キャンパス 第一校舎103教室
http://www.keio.ac.jp/ja/access/mita.html

予定
報告 清水知子さん(筑波大学人文社会系准教授)
「移動の映像政治学——現代アートとドキュメンタリーの地平」

要旨
日本で東日本大震災が起こった2011年は、欧州債務危機、アラブの春、オキュパイ運動があり、ドイツやイギリスでは国としての多文化主義が公的に失敗したと発表された年でもあります。多文化主義の失敗を機に、英国のキャメロン首相が公言したのは、「受動的な寛容社会」ではなく、「真のリベラル社会」を目指すという発言でした。しかし、この発言は「寛容」を唱う英国の多文化主義が危機にさらされたときいかなる論理が前景化され、支配的な物語のなかでどのように「他者」の欲望が読み替えられようとしたのかということを示していたようにも思われます。
本発表では、ランシエール、バトラー、ジジェク、ネグリ/ハートらの理論を整理したうえで、その理論的な可能性とジレンマを突破する手法を、現代アート及びドキュメンタリーの地平に光をあてながら探っていきたいと思います。

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第5回研究会―開催概要

2014年度 「越境社会」研究会―第5回開催概要

日時:2014年10月25日(土)14:45~18:00
場所:慶應義塾大学三田キャンパス 大学院校舎347-B教室
http://www.keio.ac.jp/ja/access/mita.html
(「8」番の建物の4階)

予定
報告① 中西雄二さん(東海大学文学部講師)
「奄美出身者をめぐる『境界』の揺らぎとアイデンティフィケーション―地理的実践としての『復帰運動』を事例に』

第2次大戦後、米軍の占領下に置かれた奄美は沖縄や小笠原と同様にその行政が「本土」から分離された。米軍による支配は1958年12月まで継続され、その間、奄美の「本土復帰」を求める運動は奄美住民だけではなく、名瀬で発足した奄美大島日本復帰協議会とも連絡しつつ、日本「本土」在住の出身者も巻き込んで繰り広げられた。
奄美出身者の主要な集住地区の1つであった京阪神地方では、第2次大戦後、①復帰運動の前段階における同郷団体の勃興・乱立の時期と②具体的な奄美の「本土復帰」という目標を掲げて運動が展開された時期とがみられた。①では政治的、経済的目的のために、「奄美」、「南西諸島」、「沖縄」など、様々な領域的表象に基づく組織化が認められた。激動する社会状況のなかで錯綜する、奄美出身者の出身地に対する領域的表象の流動性が顕在化したのである。その後、②の時期には日本「本土」との同化が強く訴えられ、郷土に基づく帰属意識はかつて日本に属していた「鹿児島県大島郡」という領域を設定して表明された。さらに、そこでは「沖縄」、あるいは「琉球」と奄美との差異が強調されたり、言及自体がなされなかったりするという形で「沖縄」や「琉球」との同一性は主張から排除された。そして、「日本本土」と奄美の同一化を主張する領域的アイデンティティが、「日本人」という民族的アイデンティティに転化され、「本土復帰」を正当化するレトリックが顕著にみられたのである。
だが、ここで無視できないのは、奄美出身者の国民国家・日本における境界地出身者としての構造的な周縁的地位である。戦前期において、「本土」に移住した奄美出身者が多数派社会への同化を志向することで、文化的差異などによる有標化を避けようとする動きが同郷団体を中心に存在した。そして、終戦直後には「非日本人」に範疇化され得る状況に奄美出身者はあり、極めて不安定な位相にあった。以上を踏まえるならば、復帰運動でみられた「本土」への同一化の主張は、戦前から奄美出身者が志向した日本社会への「同化」の結果、またはさらなる「同化」の過程でもあったのである。
今回の報告では、奄美出身者による復帰運動の「不在」が顕著な沖縄の事例との異同も検討しながら、政治的に決定された境界に左右される奄美出身者のエスニック・バウンダリーや集合的アイデンティフィケーションを考察する。そして、これまで主に政治学や批判地政学などの分野で考察されてきた「境界」をめぐる様々な個人や集団間のせめぎあいについて、奄美出身者を対象としてそのナショナル/ローカルな空間に関する地理的実践から再考していきたい。

報告② 山本直子さん(慶應義塾大学大学院)

「外国人集住地域における共生意識と『多文化共生』」

T市は、自動車関連の企業等で働く外国人労働者が多く暮らす。同市は、外国人集住都市として、自治体の多文化共生施策を牽引してきた。市内にあるA団地では、90年代より日系ブラジル人が増加し、現在では全体の居住者の過半数を占めるに至る。90年代後半には、元からの居住者と新たに流入してきた外国人住民との間で様々なトラブルが発生し、それがマスコミに過熱して取り上げられたことで、「外国人問題」の団地としても知られている。近年、この地域において、一部の議員から学区廃止(地域における2つの小学校であるH小学校及びN小学校において既存の学区制を廃止し、外国籍児童と日本国籍児童をその住所地に関わらず、分離し集約して教育を施すこと)が提唱されている。地域に関わる様々な立場の人々への聞き取り調査から明らかになる学区廃止に関する見方を通して、人々の多文化共生観を浮き彫りにし、「多文化共生」言説の孕む問題について検討したい。

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第4回研究会―開催概要

2014年度 「越境社会」研究会―第4回開催概要

日時:2014年9月21日(日)16:30~18:00
場所:慶應義塾大学三田キャンパス 大学院校舎343-B教室
http://www.keio.ac.jp/ja/access/mita.html

(「8」番の建物の4階)

予定:
報告 西原和久さん(成城大学社会イノベーション学部教授)
「移動と共生の社会学理論――国家を超える社会の可能性」

報告要旨
報告者は現在、表題と類似の新著を計画している。そこで今回は、その著作の内容の主要部分を下敷きとして報告したい。具体的には、序でさまざまな越境・移動について述べた後、本論として、報告者にとっての現在の大きな問い(「国家」「多文化主義」「トランスナショナリズム」への問い)を述べ、その問いへの応答としていま考えていることを述べさせていただきたい。それにしても、社会学が正面から国家を論じないのはなぜか。そしてさらに、社会学が未来の社会の在り方を具体的に語り得なくなっているのはなぜか。そこに報告者は、19-20世紀的国家概念(=国家内社会概念)と悪しき実証主義的視座(=社会理論の欠如)が存在していると考えている。とはいえ、未来への規範的・抽象的な理念だけを説くだけでは不十分であろう。
そこで、社会イノベーター及川甚三郎の事例を含むトランスナショナルな移動者のグローカルな事例から始め、現象学的社会学とも関係づけながら、ナショナリズムを含む国家をめぐる諸論点を整理し、さらに多文化主義と深くかかわる共生社会への構図をも社会学理論的に示して、最後に環太平洋共同体という夢を語りたい。少し話が大きくなるが、さまざまなご指摘をいただきながら、論点が深められることを期待している。(参考までに、現時点で考えている報告の骨組みを述べておく。序:さまざまな越境:家族史・生活史・研究史と問いの現在、1:問いへの接近――現象学的社会学と社会学的国家論のはざまで、2:脱国家的な志向と多文化主義の陥穽――共生社会への構図へ、3:社会イノベーションという想像力――トランスナショナリズム再考、結:環太平洋共同体の可能性――生活者の実践から、以上である)。

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第3回研究会―開催概要

2014年度 「越境社会」研究会―第3回開催概要

日時:2014年7月20日(日)午後4時30分~6時
場所:慶應義塾大学三田キャンパス 大学院校舎312教室
http://www.keio.ac.jp/ja/access/mita.html

(「8」番の建物の1階です)

予定:
報告
倉地真太郎さん(慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程)
「デンマークの『納税者の反乱』と移民問題に関する考察」

報告要旨

デンマークは他の北欧諸国と同じく高福祉高負担を実現している国の一つである。しかし、こうした特徴とは相反して、デンマークは欧州諸国のなかで最も大きな租税反乱運動を経験した国でもある。特に1973年の反税政党・進歩党を中心とした所得税廃止運動は、デンマーク政治に大きな混乱をもたらした。「納税者の反乱」といえば米国カルフォルニア州の提案13号が有名であるが、その後デンマークは米国と対照的に福祉サービスを分権化(生活支援法の導入)し、地方所得税率を引き上げつつも「納税者の反乱」を克服することに成功している。他方で1980年代後半以降のデンマークでは、移民排斥運動の問題が顕在化した。1990年代半ばには、極右政党・デンマーク国民党が、かつての反税政党・進歩党が分立し、その支持者をほとんど奪うかたちで台頭し、2000年代の政党政治で影響力を持つに至った。その結果、2000年代のデンマーク福祉制度は、「隠れた二元主義」というように移民に対して分立的な制度を適用する側面も看取される。本報告では、租税抵抗の克服が福祉制度の分権化や租税制度の変化とどのような関連性を持つのか、そして所得税制に反対していた人びとが、なぜ移民に対して分立的な福祉制度を支持するようになったのかを財政の観点から検討する。特に本報告では、(1)1970年代の地方比例所得税の拡充と福祉制度の分権化(生活支援法の導入)によるサービスのアクセスの改善の関係性、(2)移民排斥運動の背景にある所得税制と地方財政調整を巡る問題(移民政策の財源問題)に着目する。

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